TMSによるうつ病治療の
メカニズム
Antidepressant mechanism of TMS
TMSはどのようにうつ病を治療するのでしょうか?
まず大前提として、《うつ病の原因》・《脳の領域の位置・境界や機能》・《TMSの治療メカニズム》は、いずれも完全には解明されていません。これらに関する仮説はいくつかありますが、その中でもTMS治療に関係が深いと考えられる仮説について解説します。
脳神経ネットワークの機能異常
Brain Network Dysfunction
うつ病患者の脳は、前頭前野を中心に、複数の脳内領域や神経ネットワークのつながりに異常をきたしているということが分かってきました。
fMRI(機能的磁気共鳴画像法)やPET(ポジトロン断層法)などを用いたうつ病患者の脳画像研究により、ある程度の共通点が分かってきています。
- 海馬(かいば)の萎縮
- 前帯状回(ぜんたいじょうかい、ACC)の萎縮
- 背外側前頭前野(はいがいそくぜんとうぜんや、DLPFC)の萎縮や活動低下
- 楔前部(けつぜんぶ)・後帯状回(こうたいじょうかい、PCC)が過活動
- ネガティブな内的思考時に内側前頭前野(ないそくぜんとうぜんや、MPFC)・腹側前帯状回(ふくそくぜんたいじょうかい)が過活動
視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)の過活性
多くのうつ病患者で、《視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)》の過活性が認められています。
HPA系(HPA軸)とは、脳の《視床下部》・《下垂体》と腹部の《副腎(腎臓の上にある臓器)》が連携してストレスに対抗するためのシステムで、海馬の制御を受けています。
正常なHPA系は、ストレスに対しコルチゾール(ストレスホルモン)を分泌します。コルチゾールは、ストレスに対抗するためのエネルギーの確保や記憶力の増強などの作用を持つホルモンです。一時的なコルチゾール分泌はストレスに対する正常な反応であり、コルチゾールが過剰に分泌されないように、海馬が検知・抑制しています。
しかし、慢性的なストレスはHPA系の過活性を生じさせ、コルチゾールの過剰分泌を招いて海馬を損傷させてしまいます。そして、(HPA系を制御する)海馬の損傷は、さらなるHPA系の過活性を招くという悪循環に陥らせる可能性があります。
うつ病にかかわる3つの神経ネットワーク
- デフォルトモードネットワーク
(Default mode network:DMN) -
デフォルトモードネットワーク(以降、DMN)とは、主に《内側前頭前野(MPFC)》・《後帯状回(PCC)》・《楔前部》・《下頭頂小葉》から構成されるネットワークです。図4・5の水色領域にあたります。
内的に働くネットワークで、蓄えられた記憶をもとに活動します。ぼんやりしているときに活発に働き、ひらめきや創造性に結び付くポジティブな面と、反芻思考に結び付くネガティブな面を持ちます。なお、反芻思考とはネガティブなことを異常に繰り返し思い悩むことで、「はんすうしこう」と読みます。ぐるぐる思考ともいわれます。
- 中央実行ネットワーク
(Central executive network:CEN) -
中央実行ネットワーク(以降、CEN)とは、主に《背外側前頭前野(DLPFC)》・《後頭頂皮質》から構成されるネットワークです。図4・5のピンク領域にあたります。
外的に働くネットワークで、認知機能(注意力・思考力・理解力・判断力・記憶力・適応力など情報処理に深く関わる機能)と遂行機能(目的を持った一連の行動を実行する機能のことで、計画性・社会性・創造性などに深く関わります)を担い活動します。
- 顕著性ネットワーク
(Salience network:SN) -
顕著性ネットワーク(以降、SN)とは、主に《島皮質前部》・《前帯状回(ACC)》から構成されるネットワークです。図4・5の緑色領域にあたります。
刺激検出に関わるネットワークで、脳内のネットワーク(特にDMNとCEN)を切り替えることで、刺激に対して適切な調整を行います。切り替えといっても、単純なスイッチのオン・オフというよりは、負担に応じて稼働の割合を調整するボリュームつまみのようなイメージです。
人材の運用に例えると、日用品の買い出しなら一人で十分でも、部屋の模様替えをするなら数名必要で、引っ越し作業ならなるべく大勢でやりたい──と業務内容に応じて人数を調整するようなイメージになります。
神経ネットワークの異常
通常の神経ネットワーク
健康な状態では、何らかの刺激をSNが検出したときに、DMNからCENに切り替えることで、刺激に対して適切に反応します。
例えば飛んでくるボールに気づいたときに、ボールを避けたり、打ち返したり、キャッチしたり、当たらないように祈ったり、近くにいる人に注意を発したりなど、さまざまな反応を返します。
うつ病の神経ネットワーク
うつ病患者では、DMN内の結合とDMN-SN間の結合が必要以上に強化され、逆にSN-CEN間の結合が弱まっているため、CENへの切り替えが適切にできなくなります。
この切り替え不良は、うつ病患者が反芻思考にとらわれる原因になっていると考えられます。
つまり「DMNで生じた反芻思考をSNが感知するものの、CENにうまく切り替えられないため、反芻思考に注意が向き続ける」ことで反芻思考にとらわれ続けるということです。
TMSの抗うつ効果
Antidepressant effects of TMS
TMS治療では、直接的に刺激した部位以外に、関連する部位にもネットワークを通じて作用します。そのため、CENに含まれる《背外側前頭前野》を治療することでCEN-SN間の結合が改善され、DMNを含めた3つのネットワークの結合のバランスが正常化すると考えられます。
シナプス可塑性(長期増強・長期抑圧)
ニューロン(神経細胞)とシナプス
人の脳には、約850億個のニューロン(神経細胞)が存在しています。ニューロン同士は、電気信号を用いて相互に情報伝達するネットワークを形成しています。
ニューロンは、細胞体と2種類の突起(軸索・樹状突起)から成り立つ細胞です。軸索を伝わった電気信号が、次のニューロンの樹状突起に信号を伝えます。
この軸索と樹状突起の接点をシナプスといいます。人の脳では150兆個くらいあるとされています。
シナプスは、隙間を挟んで前部(軸索側)と後部(樹状突起側)に分かれています。電気信号が前シナプスに到達すると、信号が神経伝達物質という化学物質に変換され、隙間に放出されます。
この神経伝達物質が、後シナプスのレセプター(受容体)に結合することで信号が次のニューロンに伝わり、再び電気信号に変換されてニューロン内を伝わります。
長期増強(LTP)と長期抑圧(LTD)
ニューロン間(前シナプス→後シナプス)の信号伝達の強度や頻度によって、シナプスが変化することがわかっています。このシナプスの変化を《シナプス可塑性》と呼びます。シナプス可塑性は、学習や記憶と深く関係する神経機能です。
代表的なシナプス可塑性の例としては、《長期増強(Long-term potentiation:LTP)》と《長期抑圧(Long-term depression:LTD)》があげられます。
長期増強とはニューロン間の情報伝達効率が長期的に上昇することで、長期抑圧は逆に低下することです。神経伝達物質放出量の増減、レセプターの密度の増減などで生じます。
長期増強と長期抑圧の代表的なものとして、それぞれ記憶と忘却があります。
TMS治療では、渦電流による刺激が神経活動を一時的に制御し、長期増強や長期抑圧と同様の現象を導くことで、機能低下した部位を活性化したり、過活動を抑制したりしていると考えられています。
脳由来神経栄養因子(BDNF)
抗うつ薬による治療や電気けいれん療法(ECT)と同様に、TMS治療でも《脳由来神経栄養因子(BDNF)》の増加が報告されています。BDNFはニューロンの増殖や生存に密接に関与する物質です。BDNFが神経可塑性を促進することで、委縮した海馬などの脳神経が修復されているという可能性が考えられます。
まとめ
Summary
うつ病は脳の前頭前野を中心に、以下のような脳の不具合が発生していることがわかってきました。
- 複数の脳部位の萎縮・過活動
- 神経ネットワークの異常
うつ病のTMS治療では、脳の《背外側前頭前野》という部位を刺激します。この《背外側前頭前野》の改善が、神経ネットワークの正常化を促していると考えられます。
また、他のうつ病治療同様に、BDNFが増加することで、委縮した脳神経が修復されている可能性が考えられます。
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