うつ病
うつ病は、日本人の18人に1人が経験者であるといわれ、今や非常に身近な病気です。さまざまな研究成果によって治療法は格段に進歩してきており、従来の《薬物治療》《精神療法》《電気けいれん療法(ECT)》だけではなく、ほとんど副作用が無い《TMS治療(磁気刺激治療)》も選択肢の一つとなっています。
このページでは、うつ病の症状・原因と主な治療法と治療経過について解説します。
うつ病は身近な病気
日々の生活の中で、悲しいこと・つらいこと・失敗・別離などで、落ち込んだり憂うつに感じたりということは、誰もが経験する当たり前の出来事です。ほとんどの場合は、時間がその苦しい気持ちを癒し、まもなく普段の生活に戻ることができます。
しかし、落ち込んだ気分が長期間続いて生活に支障をきたすようなら、それは治療が必要な状態で、うつ病の可能性があります。
厚生労働省が2017年に行った患者調査によると、うつ病を含む気分障害の患者数は約128万人で、男性50万に対し女性78万と、女性患者が男性患者の1.5倍以上と報告されています[1]。
また、国内の疫学調査「ストレスと健康・全国調査2013-2015(世界精神保健日本調査セカンド)」では、うつ病(大うつ病)の生涯有病率は5.7%と報告されています[2]。この数字は日本人の18人に1人がうつ病経験者であると示唆しており、うつ病がそれほど珍しい病気ではないことを示しています。
うつ病の主な症状
うつ病は、気分の落ち込みや興味・関心の喪失、自責感、自己評価の低下などの精神症状が特徴的な精神疾患ですが、身体の不調を理由に受診する方も少なくありません。不眠・食欲の変化・身体のだるさなどが特に訴えの多い身体症状です。
うつ病の主な症状としては、以下のようなものがあります。
主な精神症状
- 抑うつ気分(憂うつ・悲しみ・空虚・絶望感などの気分の落ち込み)
- 興味・関心・喜楽感情の減退・喪失(趣味が楽しくない・テレビを見ても楽しくない・子供やペットがかわいくない)
- 意欲・気力の減退(何をするのも面倒でおっくうに感じる)
- 不安・焦燥感(落ち着かず、イライラする)
- 思考力・集中力・決断力低下(本を読んでも頭に入らない・優柔不断になった)
- 自己の無価値感・罪責感(生きている意味がわからない・周りに迷惑をかけていると思い詰める)
- 希死念慮(死にたいと思う)
- 反芻思考(ネガティブなことを繰り返し考え続けてしまう)
主な身体症状
- 不眠または過眠(寝付けない・途中で目が覚める・朝早く目が覚める・熟睡感がない・とめどなく寝てしまう)
- 食欲の変化と体重変動(食欲がなく痩せる・食べ過ぎて太る)
- 身体の痛み
- 性欲減退
- 倦怠感・疲労感(身体がだるい)
- 口の渇き
- 吐き気
- 涙が出る
日内変動について
多くのうつ病患者に認められる特徴として日内変動があります。
日内変動とは、体調が一日の中で変動することです。典型的なうつ病では、朝の起床時に最も不調で、午後にかけて徐々に軽快し、夕方から深夜には相当回復するというパターンです。このサイクルを毎日繰り返します。
うつ病の原因
うつ病発症の原因は、いまだ完全には解明されていませんが、近年の研究で、うつ病患者の脳に機能異常があることが明らかになってきています。さまざまな要因が複雑に絡み合うことで脳が機能異常に陥り、うつ病を発症していると考えられています。
気質要因
気質とはパーソナリティの基礎となる、先天的な性質のことです。
神経症傾向が高い人は、うつ病の発症リスクが高いことがわかっています。
神経症傾向とは心理学の研究(例えばビッグファイブ理論)において、主要なパーソナリティ特性の一つとして考えられているもので、感情の安定性/不安定性に関係する性質のことです。
この性質が強い人は、不安が強く、イライラしやすく、動揺しやすく、心配性で、人目を気にしやすく、衝動的で、ストレスに弱く、感情が不安定という特徴を持ちます。
なお、《ビッグファイブ理論》とは、人間のパーソナリティ特性を5つの因子(外向性・神経症傾向・開放性・調和性・誠実性)で把握しようとする心理学の理論です。
遺伝要因
アメリカ精神医学会の『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』によれば、親子・兄弟姉妹にうつ病患者がいる場合は、いない場合に比べて2~4倍の発症リスクがあります[3]。
環境要因
幼少期のネガティブな体験は、その後の発症のリスクを高めます。
親子関係、兄弟姉妹の関係、友人関係などは、発症のリスクになるだけではなく、発症への抵抗力にまで影響することもあります。
人生には数多くの(ストレスとなる)ライフイベントがあります。
家族や親しい人との別離・受験・進学・結婚・出産・離婚・病気・転居・転職・失業・出世・上司や同僚との衝突など、これらのライフイベントは、うつ病を発症させる、あるいはうつ病に対する脆弱性や抵抗力に影響する可能性があります。
うつ病の治療方法
うつ病に限った話ではありませんが、一人ひとりの病態は異なりますので、治療法も一様ではありません。同じ薬を使っても、効果も副作用も個人差があります。
どのような治療法にもメリット・デメリットがありますから、ライフステージや重症度、差し迫ったリスクなどを十分に考慮した上で治療法を検討する必要があります。複数の治療法を適切に組み合わせることも重要です。
休養
うつ病治療において、休養はとても大切です。ストレスに満ちた環境からの一時的な避難(休職・休学・入院など)は、悪化を防ぐためにも重要です。
一方で、休養とはあくまでストレスを受けないための“心の”休養のことであり、身体的な休養が必須ということではありません。つまり、休職や休学が常に正解とは限りません。症状や状況・環境によっては、社会から断絶してしまうよりも、(改善後のことを考えても)通勤・通学しながら治療したほうが良い場合もあります。
いずれにせよ、一日の中でリラックスできる時間を確保するなど、意識的に休息をとるようにしましょう。
薬物療法
薬物療法は抗うつ薬を中心とした治療法で、うつ病治療の主流です。
薬物療法の基本は、十分な量の抗うつ薬を、十分な期間服用することです。一方で、副作用や服薬中断時の症状に悩まされる患者が少なくないことも事実です。症状が改善しても、薬を中止すると中断症状が出たり、うつ病が再発したりする可能性が高いため、2~3年は服薬を維持することが望ましいとされており、治療期間は長くなりがちです。
精神療法・心理療法
精神療法・心理療法ともに“psychotherapy”の訳語で基本的に同じものです。主に心理学的介入によって、患者個人が抱える問題の軽減・解消を目指す治療法を指し、多くの場合は他の治療法と組み合わせて用いられます。
体系化された技法だけではなく、支持的・共感的な対応や、状況に沿った臨機応変な対応も、精神療法として患者が改善する助けとなります。
精神療法・心理療法は、医師と連携して心理職(公認心理師・臨床心理士)が担当することもよくあります。
電気けいれん療法(ECT)
電気けいれん療法(ECT)は、頭部に通電することで人為的に引き起こしたけいれん発作によって精神症状の改善を図る治療法です。重度のうつ病や統合失調症などに高い治療効果を持つことが知られています。
現在は、全身麻酔薬と筋弛緩剤を使用することで安全性を高めた《修正型電気けいれん療法(m-ECT)》がECTの主流です。
ECTの代表的な副作用に記憶障害があります。また、(筋弛緩剤を使っていても)歯を食いしばるため、歯科的なリスクがあります。
薬の調整・絶飲食(全身麻酔に伴い、嘔吐による窒息などを回避するため)・入院が必要など、実施のハードルはかなり高く、そもそもうつ病への適応自体が非常に限られています。具体的には、緊急的(自殺や拒食などの生命の危機がある場合)以外は、重症患者や薬物治療が効かないときに選択されます。
また再発率が高く、改善後の1年間で約半数が再発します。
経頭蓋磁気刺激治療(TMS治療)
《経頭蓋磁気刺激治療》とは、磁気による誘導電流で脳の特定部位を刺激し、うつ症状を改善する治療法です。省略してTMS治療(磁気刺激治療)と呼ばれることが多いです。
副作用がほとんど無いことが特徴で、麻酔なども不要なため、普段の生活の延長線上での通院治療が可能です。2019年6月から保険診療が適用開始されましたが、保険診療の適用条件が厳しく限定されているため、国内では自由診療による治療が主流です(当院も自由診療です)。
自由診療のクリニックで行われる場合、1回30分から1時間程度の滞在時間で、通勤・通学しながら治療可能な場合が一般的だと思われます。
うつ病の経過
うつ病の治療は、症状の改善に伴って《急性期》→《継続期》→《維持期》と移行します。
治療と回復に関係する用語は、多くの場合、以下のように用いられます。
- 抑うつエピソード:うつ病を発症してから、症状がほとんど無くなった状態が安定するまでの期間。
- 反応:ある抑うつエピソードの間に、重症度が半分以上改善した状態。
- 寛解:一定期間、症状がほとんど無くなった状態。社会生活上の機能改善度は問いません。
- 回復:4カ月以上寛解が続いた状態のこと。回復を迎えることで、その抑うつエピソードは完了したとみなされます。
- 再燃:抑うつエピソードが完了する前に、再び症状が戻ってくること。
- 再発:回復後に再び症状が現れることで、新しい抑うつエピソードが始まったとみなされます。
うつ病は早めの対処が重要です
うつ病の改善には早期発見と早期治療が大切です。うつ病は放っておいてもすぐに自然治癒するというものではなく、時間の経過はむしろうつ病を深刻化させるリスクを高めます。
そうはいってもいきなり医療機関はハードルが高いという方は、まずはセルフチェックをしてみてはいかがでしょうか。
うつ病が疑わしい場合は、できる限り早めに精神科や心療内科を受診しましょう。
当院ではセカンドオピニオンも受け付けておりますので、現在の治療でなかなか良くならない方や、治療の副作用がつらい方はご相談ください。
まとめ
うつ病は、気分の落ち込みや興味・関心の喪失などの精神症状に加え、不眠・食欲の変化・身体のだるさなどの身体症状が特徴的な精神疾患です。気質・遺伝・環境など、さまざまな要因が複雑に絡み合うことで脳に機能異常をきたし、うつ病を発症していると考えられています。
治療法の進歩により、従来の《薬物治療》《精神療法》《電気けいれん療法(ECT)》に加えて、身体に負担の小さい《経頭蓋磁気刺激治療(TMS治療)》も治療の選択肢に加わっています。
うつ病の改善には早期発見と早期治療が大切です。うつ病が疑わしい場合は、できる限り早めに精神科や心療内科を受診しましょう。
更新:2024-05-17