本当は怖い睡眠不足~心身への7つの影響(リスク)~
ぐっすり眠れば気分爽快、眠り足りねば気分は下がり、不機嫌、不調で頭がうまく回らない──このような体験は多くの人に覚えがあることでしょう。
近年の研究調査により、睡眠は生命の維持に欠かせないもので、不眠や睡眠不足が軽視できない危険な状態であると分かってきています。1986年のチェルノブイリ原発事故など、いくつかの大惨事の背景には睡眠不足があったと分析されています。
慢性的な睡眠不足は、本人の自覚とは関係なくパフォーマンスを著しく下げ、うつ病などの精神疾患の苗床となり、時に重大な事故を招きかねない、恐るべき状態です。
この記事では、時に生死にも関わってくる、睡眠不足の心身への多様な影響(リスク)と原因、対処方法について解説します。
睡眠不足とは
《睡眠不足》は、言葉通り睡眠が不足している状態のことで「寝不足」ともいいます。
徹夜や夜更かし、眠れない夜を過ごした翌日に、眠くて仕方がないという体験は多くの人に覚えがあることと思います。睡眠不足になると、日中、たびたび強い眠気に襲われるようになり、あくびが出たり、集中できなかったりと、さまざまな不調・不都合が生じます。
なお、日本人は世界的に見ても睡眠不足の傾向が強く、OECD(経済協力開発機構)の統計によると、日本人の睡眠時間は調査国の平均よりも1時間以上短い7時間22分で、最短でした[1]。
睡眠負債
睡眠量の不足が「累積する」点に注目して睡眠不足を言い換えた用語に《睡眠負債》があります。
睡眠負債は、一晩に必要な睡眠時間と、実際に取った睡眠時間の差を表し、これはその夜限りではなく解消されるまで累積します。例えば、本来7時間の睡眠が必要な人が5時間しか眠らなかった場合には2時間の睡眠負債を抱えることになり、この生活を平日5日間続けた場合は合計10時間の睡眠負債がたまるという計算になります。
睡眠不足症候群
私たちは日常会話の中で「単なる睡眠不足」と睡眠不足を過小評価しがちです。しかし、睡眠不足は時に命を奪いかねない、深刻な体調不良や疾患の温床となり得る危険な状態であり、「単なる睡眠不足」と侮ってよいものではありません。
現在では慢性的な睡眠不足は、過眠症の一種として《睡眠不足症候群》と医学的に定義されています。
睡眠不足症候群は、3カ月以上、ほとんど毎日、自発的に睡眠時間を減らすことで、日中に強い眠気を感じたり、実際に居眠りしてしまったりする上、さまざまな心身の症状が持続します。また、分かりやすい特徴として、平日の睡眠不足を補うために休日の睡眠時間が長くなるというものがあります。
なお、自発的とはいうものの、必ずしも「望んで」ということではなく、「眠る意志で寝床に入っても眠れない不眠」とは異なって「そもそも寝床にいる時間が短い」という意味です。
実際には、仕事や学業、通勤・通学時間などによって個人の時間が圧迫された結果睡眠時間が犠牲になっているというケースも少なくないはずで、「やらなければいけないこと+やりたいこと+睡眠時間」の合計時間が24時間を超えるような場合に、超過分を睡眠時間から減らすことで24時間に帳尻を合わせているだけの可能性があります。
睡眠不足が招いた重大な労働災害
世界的にも悪名高いいくつかの重大な事故は、睡眠不足を背景にした労働災害でした。
以下の4つはその代表的な重大事故です。
- 1979年のスリーマイル島原発事故
- 1986年のチェルノブイリ原発事故
- 1986年のスペースシャトル(チャレンジャー号)爆発事故
- 1989年のアラスカ沖タンカー(エクソン・バルディーズ号)原油流出事故
しっかり眠るべき7つの影響(リスク)
上述のような重大な事故に至らないまでも、睡眠不足はメンタルを中心に、心身に深刻な問題を生じさせる可能性があります。例えば、以下のような影響(リスク)が考えられます。
1.集中力が低下する
何かに持続的に注意を向ける能力を《ビジランス》といいます。ビジランスは睡眠不足量(連続覚醒時間)に比例して悪化することが分かっています。注意の持続は多くの作業に必要とされ、睡眠不足は集中力を要するあらゆる行動に悪影響を与えます。また、反応速度も低下するため、睡眠不足時の車の運転などは、時に生命を脅かします。
睡眠不足と車の運転について語る際に、《マイクロスリープ》は無視できません。マイクロスリープとは15秒以内の瞬間的な居眠りのことで、この状態では反応速度が落ちるどころか、(意識が途切れているので)何も反応できなくなります。
時速60kmで走る自動車は1秒間に約16.5m進みます。進行方向が3°(時計の長針1分が6°なので、その半分)ずれているだけで、2秒間(33m)直進する間に、約1.7m(およそ小型乗用車1台分)水平方向にずれます[2]。ほんの2秒のマイクロスリープ後には、右の車線につっこむか、左の歩道につっこむか、対向車線につっこむか、いずれにせよ、運転手は車と命運を共にすることになるでしょう。
2024年の警察庁の統計によると、交通事故の第1当事者(最も過失が大きい事故当事者のこと)死亡件数の減少に伴い、(居眠り運転を含む)漫然運転による死亡件数も減少していますが、割合に関しては漫然運転が約14~18%を占め、事故原因の交通違反第1位を独占し続けています(図1)。
眠気を感じたら、運転は絶対にやめましょう。
2.脳に毒素が蓄積する
生きているだけで体内には老廃物が蓄積しますが、これらはリンパ系が回収・排出します。当然、脳も活動すれば老廃物が蓄積します。《アミロイドβ》は、脳に蓄積する老廃物の代表的なもので、脳細胞を破壊する有害なタンパク質であり、アルツハイマー病の一因と考えられています。
こうした脳内の老廃物を排出するシステムは《グリンパティックシステム》と呼ばれます。グリンパティックシステムは、深いノンレム睡眠中に、昼間の10~20倍もの老廃物を排出します。
3.記憶力が低下する
新しい記憶の保持には、脳の《海馬》という部位が重要な役目を担っています。海馬に一時的に記憶された情報が睡眠時に脳の別の部位に移動することで、海馬の記憶容量が回復します。睡眠不足になるとこのプロセスが実行できず記憶容量が回復しないため、短期記憶の容量が減少します。その結果、睡眠不足の状態では、わずか数秒前を思い出すことも難しくなります。
記憶の移動ができないことから、睡眠不足では記憶が定着しにくくなります。一夜漬けで覚えても、あっという間に忘れ、ほとんど記憶に残らない、という経験は多くの人にあることかと思います。徹夜をして覚えたはずのことも、徹夜前の日中に覚えたはずのことも、徹夜明けに覚えたはずのことも、まとめて忘れてしまう可能性が高くなります。
4.感情が不安定になる
睡眠不足でイライラしたり、不機嫌になったり、やる気を失ったり、気分が落ち込んだりという経験は多くの人にあると思います。
人はもともとネガティブな刺激に対して敏感で、ポジティブな刺激よりも2~3倍強く反応します。例えば、金銭的に得をする喜びよりも、損失する悲しみや苦しみの方に強く反応します。睡眠不足の場合、この反応がさらに強化され、感情の起伏が激しくなります。
また、睡眠不足が自殺のリスクを増加させることも分かっています。
5.短絡的な意思決定をしてしまう
リスクに対して、不合理で極端な判断を下すようになります。危険を顧みずにリスクを取る無謀な選択や、逆にわずかなリスクを避けるために行動しない極端に消極的な選択を取るようになります。リスクを正当に評価せず、過大評価、もしくは過小評価するようになるということです。
6.さまざまな疾患リスクが増加する
睡眠不足になると、免疫力が低下します。風邪をひいた時にたっぷり眠るとすぐに治った、という経験がある人は少なくないと思います。実際、睡眠と免疫は密接に関連しています。
睡眠不足になると免疫力が低下し、インフルエンザなどの感染症にかかりやすくなり、ワクチンの効果も低下します。
また、肥満とⅡ型糖尿病のリスクが増加します。
睡眠が不足していると、満腹ホルモン(レプチン)が減少し、食欲刺激ホルモン(グレリン)が上昇します。その結果、食事量が増える可能性があります。また、睡眠不足のため疲労が回復しないことで運動量が減ることも加わって、肥満が進むと考えられています。
さらに、インスリンの効果が鈍くなり、血糖値が正常範囲まで下がりにくくなることで、Ⅱ型糖尿病のリスクが高まります。
睡眠不足は心臓と血管にも障害を起こします。
眠っている間は血圧が下がることで、心臓や血管が休息しています。睡眠不足はこの休息時間を奪うため、高血圧や心臓病のリスクを高めます。
7.うつ病を引き起こす
慢性の睡眠不足はうつ病を引き起こす可能性があります。
精神疾患は睡眠の問題と関係が深く、うつ病以外にも、双極性障害・不安障害・PTSD(心的外傷後ストレス障害)・統合失調症・ADHD(注意欠如・多動症)・ASD(自閉スペクトラム症)など多くの精神疾患の発症や悪化と関係があると考えられています。
睡眠不足の原因
睡眠不足の原因は多岐にわたります。社会生活上の義務や要請、不規則なライフスタイルや睡眠習慣、睡眠障害やその他の疾患などが代表的な要因です。
具体的には次のようなものが考えられます。
- 早朝勤務や夜勤
- 長時間労働
- 長時間の通勤・通学
- 昼夜逆転の生活
- 長時間の昼寝
- 深夜のデジタル機器の使用
- 夜のカフェイン摂取
- 明るい、騒々しい、暑い寝室
- うつ病・睡眠時無呼吸症候群・アルツハイマー病などの各種の疾患
- 薬の副作用
- 強いストレス
- 旅行や出張など、慣れない場所での睡眠
睡眠不足への対処方法
「音楽を聴く」「冷風を浴びる」「ガムをかむ」「顔を洗う」などはよくある眠気対策ですが、実際には気休めに近く、一時しのぎ以上の効果は望めません。
「カフェイン摂取」「短時間(30分以内)の仮眠」「強い光を浴びる」ことは、眠気対策としてある程度の効果が期待できます。
しかし、眠気対策はあくまでも眠気を先送りにしているだけであり、睡眠不足の解消には役立ちません。睡眠不足への根本的な対処方法は、質の高い睡眠を十分な時間とる、つまり夜にぐっすり眠ることです。足りていない睡眠時間を睡眠以外で補う魔法はありません。
睡眠不足の予防と対処に大切なこととして、以下のようなものがあげられます。
- 睡眠時間にこだわりすぎない:十分な睡眠時間を確保することは重要ですが、「眠ろう」「眠らなければ」と思えば思うほど、かえって眠れなくなるものです。必要な睡眠時間は個人差も大きいので、日中の活動に支障がないようなら、睡眠の長さにこだわる必要はありません。
- 睡眠のリズムを毎日守る:週末も含めて、同じ時間に眠り、同じ時間に起きるようにしましょう。特に起床時間は体内時計のリセットにも関係するため、とても重要です。目覚めたらすぐに朝日を浴び、1日を開始しましょう。
- 飲食物に注意する:食事は規則正しく、栄養バランスに注意して取りましょう。特に朝食は重要です。また、夕方以降のカフェイン摂取、就寝間際の食事や寝酒はやめましょう。もし、空腹で寝付けない場合は、消化のよい軽い物を少量だけ取り、しっかり食べるのは翌朝の朝食時にしてください。
- 日中に身体を動かす:日中にしっかり活動し、心身がほどよく疲労することで、よく眠れるようになります。
- 寝室は暗く静かに:明るい寝室、騒々しい寝室、暑すぎる寝室、寒すぎる寝室は睡眠を妨げます。
- 寝床には眠気以外を持ち込まない:眠気を感じてから寝床に入り、目が覚めたらすぐに寝床から出ましょう。スマートフォンなどの電子機器を寝床に持ち込まないようにしましょう。
睡眠不足は医療機関を受診すべき?
睡眠不足が数日続いたからといって、すぐに医療機関にかかる必要はありません。今夜からでもよく眠ってください。
しかし、十分に眠っても、生活を改善しても症状がおさまらない場合は、まだ睡眠が足りていないか、うつ病などを発症してしまっている可能性があります。気分の落ち込み、趣味などが楽しめなくなったなどのメンタル不調があり、日常生活に支障をきたしている場合は、うつ病を発症している可能性があります。早めに医療機関にご相談ください。
うつ病は早期発見・早期治療が重要です。うつ病が疑わしい場合は、できる限り早めに精神科や心療内科を受診しましょう。
まとめ
睡眠不足は睡眠負債という形で累積し、さまざまな不調を引き起こします。私たちは睡眠不足を「単なる睡眠不足」と過小評価しがちですが、睡眠不足は時にヒトの生命を奪いかねない、決して侮れない状態です。
睡眠不足になると、集中力・記憶力や判断力の低下が認められ、感情が不安定になり、うつ病などのさまざまな疾患リスクが増加するなどの深刻な影響が生じる可能性があります。
睡眠不足の原因は、社会生活上の義務や要請、不規則なライフスタイルや睡眠習慣、睡眠障害やその他の疾患など、実に多様です。
睡眠不足の眠気対策には「カフェインを取る」「ガムをかむ」「顔を洗う」などいくつか知られていますが、いずれも応急処置的であり、睡眠不足を根本的に解決するにはぐっすり眠る必要があります。
ぐっすり眠れるように睡眠を改善するには、睡眠のリズムを毎日守る、飲食物に注意する、日中に身体を動かすなど、いろいろな方法があります。それらを試してみても症状が改善できず日常生活に支障がある場合は、医療機関にご相談ください。
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うつ病の状態が悪化する前に、ぜひお気軽にご相談ください。