TMS(経頭蓋磁気刺激法)の歴史



《TMS(経頭蓋磁気刺激法)》の誕生には電気生理学と電磁気技術が大きくかかわっています。ガルヴァーニによる実験中の偶然から電気生理学が生まれ、ファラデーによる《電磁誘導の法則》の発見が電磁気技術の基礎となりました。
電気を使って人間の脳を直接刺激する治療法は20世紀前半から模索され、20世紀末までに《TMS治療(経頭蓋磁気刺激治療)》として結実します。
この記事では、TMSの歴史について、TMSの基礎となる技術や理論が生まれたころにさかのぼって解説します。
TMS(経頭蓋磁気刺激法)とは
《TMS(経頭蓋磁気刺激法)》とは、《ファラデーの電磁誘導の法則》を応用した技術で、磁気を介して安全に脳の特定部位を電気刺激する方法です。
TMSはまず神経内科領域の検査法として確立され、その後、脳神経疾患の治療手法として研究されてきました。現在は世界各国でうつ病の治療にも用いられており、このうつ病への《TMS治療(経頭蓋磁気刺激治療)》は、ほとんど副作用が無い上に、治療期間が短く、再発率も低いというメリットがあります。
TMS前史
TMSの誕生には、18世紀以降の電気生理学と電磁気技術の成立が大きくかかわっています。
電気生理学
1780年、イタリアの医師・物理学者のルイージ・ガルヴァーニは、カエルを使った実験中の偶然により、外部からの電流がなくとも、電気刺激を与えたときと同じ現象が起こることを発見しました。この発見から得られた着想が、今日における電気生理学の始まりとみなされています。
電気生理学は、生体への電気作用と、生体によって起こされる電気現象を主に研究する学問や技術です。脳神経、筋、心臓、細胞などが主な研究対象です。
電気生理学は、さまざまな検査・治療や医療機器に応用されています。例えば、脳波検査、心電図検査、筋電図検査、ペースメーカー、AEDなどです。後述する《電気けいれん療法(ECT)》《経頭蓋電気刺激法(TES)》《TMS(経頭蓋磁気刺激法)》も電気生理学を応用した技術です。
ファラデーの電磁誘導の発見
英国の貧しい家庭に生まれたマイケル・ファラデーは、正式な教育を受けていなかったにもかかわらず、いくつもの偉業をなしとげ、科学界で名声を博した物理学者・化学者です。彼が1831年に発見した《電磁誘導の法則》は、電磁気技術の基礎となっています。
この法則は、金属線を円状にたばねたコイルに磁石を近づけると、そのコイルに電流が流れるというものです。磁石を近づけたり遠ざけたりすることで電流が流れ、磁石を止めると電流は流れなくなります。
この仕組みは発電機で利用されています。他にも、非接触型ICカード(Suica・ICOCAなど)、IH調理器、ワイヤレス充電など、私たちの身近なところで活用されています。
なお、この法則は後にスコットランドの数学者・物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルによって定式化され、電磁気学の基礎となります。
電気と磁気は、もともとは別の現象だと考えられていましたが、電磁誘導の発見が、電気学と磁気学、さらには光学を、電磁気学という形で統一する道筋を示すことになりました。
電気けいれん療法(ECT)の開発と受難
《電気けいれん療法(ECT)》は、《精神分裂病(現在の統合失調症)》への治療法として1938年にムッソリーニ政権下のイタリアで生まれました。ECTは脳への電気刺激によってけいれん発作を誘発する治療法です。最初の治療は駅を徘徊していた統合失調症の39歳の男性に対して行われ、10回以上の施術のすえ、自宅に帰って仕事につくことができるまで回復しました。
ECTは《電気ショック療法》とも呼ばれますが、当初は麻酔もなく行われており、患者の苦痛と恐怖はかなりのものでした。施術日は、恐怖のあまり逃げ回る患者を取り押さえることから始めることもあったそうです。この特性から、ECTは治療以外に拷問や懲罰にも利用されることもあったため、批判を受けて1960~1970年代にかけて廃れてしまいます。
その後、その高い治療効果が再評価され、装置や手法の大幅な改善もあって復活をとげ、現在ではより安全に施行されるようになっています。
経頭蓋電気刺激法(TES)
1980年には、けいれん発作を誘発せずに脳を高電圧の電気で刺激する《経頭蓋電気刺激法(TES)》が開発されました。
TESは、頭蓋骨の絶縁を破って脳内部を電気エネルギーで刺激するというものですが、400~600Vの高電圧から生じる苦痛はかなりのものです。そのため、被験者を得るのにも苦労したようで、あまり普及しませんでした。
TMSの現代史
TMSは前述のような背景の下に登場します。
TMSの夜明け
1985年、英国のアンソニー・バーカーらが、頭部への磁気刺激に反応した手指の筋肉の動きを記録することに初めて成功しました。
当初、TMS装置は神経生理学の研究で検査機器として使用されました。
TMSのうつ病治療への応用
1993年、うつ病治療への最初の応用例として、薬物治療に反応しない2名のうつ病患者に対してTMS治療が行われました。当時はドーナツ型の円形コイルを用いた単発刺激による治療で、現在のような8の字コイルによる高頻度の反復刺激(rTMS)が行われるようになったのは1996年ごろのことです。
公的機関の許認可
2003年にはカナダ・ドイツ・フランス・オーストラリアでrTMS治療が認可され、2008年には米国のFDA(アメリカ食品医薬品局:日本の厚労省に似た米国の政府機関)がNeuronetics社のrTMS装置を認可しています。
日本におけるTMS
一方、我が国でも1987年には日本製のTMS装置が開発され、海外製品とあわせて研究分野で利用されてきました。
8の字コイルの開発
今日のTMS治療で当たり前に使用される8の字コイルによる磁気刺激法は、1988年に医用生体工学者・上野照剛らによって日本で開発されました。8の字コイルは、2つの円形コイルを蝶々型に配置したもので、コイルの交点に対して強力な刺激ができるというものです。
日本国内のTMS治療の保険適用
日本国内におけるうつ病のTMS治療に関しては、2000年代前半から臨床研究が進められ、2017年9月に「薬物治療に反応しないうつ病への治療法」として承認、2019年6月には保険適用されるようになりました。
品川メンタルクリニックのTMS治療
品川メンタルクリニック(旧称:新宿ストレスクリニック)は2013年より日本国内でTMS治療を行っています。
現在のうつ病治療の主流は抗うつ薬による薬物治療ですが、薬物治療の効果がスッキリと現れるうつ病患者は全体の3分の1くらいで、3分の1の人にはほとんど効果が望めないという報告があります。
当院のTMS治療では5~6割の人が寛解(症状がほとんどなくなること)し、全体の8割程度の人の症状が軽くなっています。
TMS治療と薬物治療はうつ病治療のメカニズムが異なりますので、薬物治療がうまくいかない人もあきらめずにご相談ください。
まとめ
《TMS(経頭蓋磁気刺激法)》の誕生には電気生理学と電磁気技術が大きくかかわっています。
18世紀にガルヴァーニによって行われた、カエルを使った実験中の偶然が発端となって電気生理学が生まれました。さらにファラデーによる《電磁誘導の法則》の発見が、電磁気技術の基礎となります。
脳を電気刺激してけいれん発作を引き起こす《電気けいれん療法(ECT)》は、1938年に開発されますが、乱用されて廃れかけます。1980年には、けいれん発作を誘発せずに脳を電気刺激する《経頭蓋電気刺激法(TES)》が開発されましたが、高電圧から生じる苦痛が強すぎてあまり普及しませんでした。
1985年、英国のアンソニー・バーカーらが、頭部への磁気刺激の記録に初めて成功し、1993年にはうつ病に対する最初の《TMS治療(経頭蓋磁気刺激治療)》が行われました。21世紀に入り、TMS治療はカナダや欧米の公的機関に許認可され、日本でも2019年に健康保険適用されるようになりました。
品川メンタルクリニックは2013年より日本国内でTMS治療を行っています。
TMS治療は薬物療法とは異なるメカニズムでうつ病に働きかけるため、薬の効果が無い人にも有効である可能性があります。薬物治療がうまくいかない人もあきらめずにご相談ください。

主要参考文献19 ソース
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