脱マスクのメンタルへの影響

脱マスクのメンタルへの影響

新型コロナウイルスが確認されてから約3年が経ちました。ワクチンの普及や新薬開発によって、ようやく以前のような生活に戻れる見通しが立ち、ホッとしている人も多いのではないでしょうか。そんな中、厚生労働省は2023年3月13日からマスクの着用を『個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本』(注1)とし、医療機関の受診や高齢者施設等の訪問、混雑した公共交通機関の利用時などはマスクの着用が推奨されていますが、それ以外の場面ではマスクの着用は各自の判断となりました。

この3年間、私たちはマスクとともに生活してきました。いわば必需品となったマスクを手放していくことは、私たちのメンタルにどのような影響を与えるのでしょうか。
今回は脱マスクのメンタルへの影響について、メリットとデメリットをお話ししていきます。

脱マスクのメリット

マスクは感染予防という点に関しては効果的ですが、日常生活の中では不便に感じることもあるのではないでしょうか。マスクを着けていることによって息苦しくなり、不快に感じる人も多いでしょう。声が通らず円滑なコミュニケーションが取れなくて困ったこともあったのではないでしょうか。また、夏場など気温が上昇する時期は熱中症のリスクも上がりますので、健康被害が出ることも考えられます。

医療機関や公共交通機関などではマスクの着用が推奨されていますが、脱マスクが進むことによりそれ以外での場所でのマスク着用の必要がなくなります。そのため、マスクを着けるストレスから解放され、新型コロナウイルスが蔓延する前のような生活を送れるようになることが大きなメリットです。

脱マスクのデメリット

次にマスクを外すことによるデメリットについてですが、「感染再拡大」が挙げられます。新規感染者が減少しているとはいえ、新型コロナウイルスがなくなったわけではありません。脱マスク化が進むことにより、学校や職場など人が多く集まる場所での感染のリスクは高くなるでしょう。

実際に脱マスクを進めたことで感染が広がってしまった例を紹介します。
アメリカのマサチューセッツ州では2022年より「マスク着用について学校ごとに決めてもよい」とする施策を打ち出しました。段階的に脱マスクを進めた学校もありましたが、これまでと同様にマスク着用を呼びかける学校もあったため、マスクの有無による新型コロナウイルス感染者数を比較しました。結果として、脱マスクを進めた学校は4か月で1万~1万5千人ほど多く新規感染者を増やしてしまいました(注2)。
新型コロナウイルスに感染したのは子ども達だけではありません。教職員も感染した結果、5日間の隔離が必要だったため、スムーズな学校運営が困難になってしまいました。
もちろん花粉症や人目を気になるなどの理由から自主的にマスクを着ける子どももいますし、日本とアメリカの文化的な違いはありますが、日本でも学校場面でのマスク着用は義務ではなくなりますので、マサチューセッツ州と同様の事態が発生する可能性は少なからずあります。

この数年間、子ども達はかなり制限された学校生活を送ってきました。文部科学省による「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(注3)によると2021年度の不登校児童生徒数は前年度と比較し約4万8千人以上増加し、約24万5千人となり過去最多を記録しています。その背景には新型コロナウイルスによる環境の変化が挙げられており、子ども達のメンタルに大きな影響を与えていることは言うまでもありません。

もう1つのデメリットとして、「顔の表情を隠せない」という部分があります。マスクをするようになってからお化粧や髭剃りなどの時間が減った方も多いのではないでしょうか。もちろんそういった側面もありますが、ここでは「マスクによって印象が良くなっていた」という研究結果をご紹介します。

私たちは日々様々な人と交流し、表情や顔の筋肉の微妙な動きからその日の調子や感情を読み取ってきました。しかし新型コロナウイルスの流行以降、マスクによって常に顔が隠されることで、心理状況を読み取ることが難しくなってしまいました。親しい間柄なら声の調子などの表情以外の情報から心理状況を推測することができますが、初めて会う人に対してはそういうわけにはいきません。ドイツの心理学者はこの部分に着目し、「マスクをしていることが新しい人間関係の構築に影響を与えるのではないか」と考え、調査を行いました(注4)。
その結果、新しい人間関係を作っていく際にマスク着用がネガティブな影響を与えることはなく、むしろ「親しみやすさ」や「信頼」といった評価が向上することがわかり、想像していたものと逆の結果になりました。

私たちは困ったときや嫌だと思ったときに、無意識的に表情に出してしまいます。そこを相手に読み取られ、マイナスな評価を受けてしまいますが、マスクをすることによってネガティブな表情が隠され、最終的に好印象となると考えられます。長い間マスクをしながら人間関係を構築してきた私たちは以前にも増して感情が表情に出てしまっているのかもしれません。脱マスクが呼びかけられている今、新しい人間関係を作っていく際には注意が必要です。

脱マスクは段階的に

脱マスクは段階的に

私たち人間には「現状維持バイアス」というものがあります。現状維持バイアスとは、よくわからないものや、やったことのないことを避け、いつもやっていることや慣れていることを行おうとする心理作用のことです。いつもと違うことをして失敗や後悔をするくらいなら、これまでと同じように行動し、これまでと同じような結果を得ようと人間は考えてしまいます。

脱マスクについてもこれが当てはまります。いきなりマスクを着けずに外出することは人によってはストレスにつながります。脱マスクとはいえ、急に生活を変える必要はありません。花粉症や体調など個人的に必要だと思ったタイミングではマスクを着け、「外にいるときにはマスクを外す」→「人の少ない室内ではマスクを外す」→「マスクをしていない人が多くなってきたらマスクを外してみる」など、段階的にマスクを外して生活し、マスクのない生活に徐々に慣れていくことでストレスなく脱マスク環境に適応できるでしょう。

また、上記のメリット・デメリットを踏まえた上で「感染者が増え始めたらマスクを着ける」「新しい出会いのときにはマスクをし、徐々に外していく」など、状況に合わせてマスクを活用していくことも効果的です。そのために、自分の中で「どの場面でマスクを着けるか」の指標を持っておくとよいでしょう。
現在は落ち着いているとはいえ、再び感染拡大する可能性がなくなったわけではありません。今後も状況に応じて、適宜対応していくのがよいと思います。

脚注:

渡邊 真也

監修

渡邊 真也(わたなべ しんや)

2008年大分大学医学部卒業。現在、品川メンタルクリニック院長。精神保健指定医。

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